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2012.10.30 Tuesday

第12話

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     さて、店内にはもっと日常使いの器も置きたいですね。


    それには、現代作家でしょう。物故作家は値段が吊りあがっていますからね。


    それでも荒川豊蔵と加藤唐九郎は、比較しながら展示したら面白いだろうなぁ。私は瀬戸物の瀬戸の隣町で育ったので唐九郎は、なんとなくひいきでした。名古屋市守山に工房もあり、子供心にも存在感のある方でした。(漫画「美味んぼ」に出てくる悠山の師匠・唐山陶人は、彼がモデルと思われます。)


    荒川豊蔵は、岐阜県東美濃地方に住み始めてから知った作家で、お弟子さんも知っています。少し勉強すると日本近代陶芸史が読み解けて、深く知りたくなる人と解りました。ビッグネームだったのを、知らなかったのです。


    私にとってずっと「荒川」と言えば「修作」と来てまして、名古屋市出身の現代美術家を指していました。この方もビッグネームですが、一般的には「豊蔵」に知名度の軍配が上がると思います。


    「修作」氏は岐阜県養老町にテーマパーク「養老天命反転地」を建設して、少しは知れたかも知れません。ねじれた空間を演出しています。(実際は小難しい理論のコンセプチュアル・アートでしたので、すぐれた芸術家だったか疑問です。反論もできないくらいの難解な作品が凄い!とでも言っておきましょうか。)


    一方の「豊蔵」は、桃山時代の「志野」茶碗を復活させています。唐九郎も「志野」茶碗を焼いていますので、ライバル二人の比較はいい企画だと思いますが、いち楽器屋が手掛けるにはちょっと風呂敷が大きすぎるかも知れません。


    さてさて話を戻して現代作家。


    木の器なら「三谷龍二」さん。漆の器なら「赤木明登」さん。焼き物の器なら「内田鋼一」さんは外せないですね。売れっ子で、名のあるギャラリーでは、かならず名前のあがる作家です。


    それでもここに上げるのは、私が多くの作家を知らない不勉強があるにしても、そのパイオニア性・実力(技術の引き出しの多さ、形のうつくしさ、使いやすさ)・提案力は抜きん出ています。


    「三谷龍二」さんは、これまで白木の器がテーブルにあがることのなかった日本の家庭に新風を吹き込みました。今では「三谷」チルドレンがたくさん存在します。彼が発表した山桜やクルミの器は、オリーブオイルが塗ってあるだけの白木状態です。日本ではこれに漆をかけるのが一般的でした。西欧ではパン皿にこういうモノがありましたが、日本ではあまり馴染みがないかも知れません。この器の出現で食卓にかろやかさが生まれました。


    「赤木明登」さんは、「塗師」で漆の器の上塗りをする職人さんです。ただ、経歴が普ではありません。国立大の哲学科出身で「家庭画報」の記者を経て職人となった、いわばインテリです。「赤木」さんの器の特徴は、漆塗り器のピカピカ仕上げの真逆にあります。マットな質感・わざと下地に張った和紙の凹凸感、そこが新しいのです。


    「赤木」さんには先達がいます。「角偉三郎」さんです。豪快な器の「合鹿椀」が有名ですが、漆のあらゆる技法をマスターしたのにそれを捨て、手で漆を塗ったり、へいだ板に漆を塗りたくった荒々しい器を製作しました。「赤木」さんはその道にさらに上塗りを重ねつつあります。


    「内田鋼一」さんは、この中でもっとも若い方ですが、厚い陶芸家人口の中で早いうちから抜きん出ていました。世界の焼き物の現場を見てきた人で「無国籍風」の焼き物が特徴です。焼き物はいろんなスタイルが確立していますので、その道のプロまたは後継者がおられます。そこに現代性を併せ持つ独自のスタイルを確立するのは至難の技ですが、時々「内田」さんのようにいとも簡単に(見える)越える方が出現されるのですね。


    「内田」さんと似たタイプの先達としては、「鯉江良二」氏がおられます。山伏のような風貌で大量の焼き物を作り、また現代美術の世界にも焼き物で乗り込むスタイルは「内田」さんにも現れつつあります。
    同じ匂いを感じますね。ワールドワイズな広がりを見せて行くでしょう。



    3人の違った素材の器の作家を紹介しましたが、ここに共通する点があると私は感じています。それはマチェールに気をくばっている点です。


    マチェールとは、「固有の物質的な材質感。また絵画や彫刻作品そのものの表面の質感を指す」言葉ですが、彼らの器に近づいていくと「表面」の存在感の強さに気づきます。もちろんシルエットは重要ですが、「表面」の「質感」が際立っているのです。


    昔から職人は「腕の見せどころ」として、手仕事とは思えないほどの「完璧な仕上げ」を競いました。結果ピカピカな表面になって行きます。そこに工業化が進んで行くと同じく大量なピカピカな仕上げの商品が溢れ出し、両者の違いは、表面上似通ったものになって来ました。(素材は大きく違います。自然素材と化学製品の違い)


    工芸と呼ばれる世界にもピカピカのいい作品はあります。ピカピカで高級感漂う作品は、成熟した大人の雰囲気を醸し出します。ただ、ここまで工業化が進みデザイン性も重視した手ごろな商品が溢れてくると、暮らしに人の手の温もりを求める方が、増えてくるのを感じます。


    アンティーク・骨董を暮らしに取り入れるのは、時間経過とともにモノが変化し成長するのを自然と捉える現れ、と見ることも可能でしょう。


    3人の作家は、その現代性をいち早く形にした作家とも云えます。


    振り返ってギター。
    ヴィンテージ・ギターはその音の良さが魅力ですが、背後に「楽器の存在感を味わう」気持ちが動いているように感じています。レリック仕上げもそうした心理があるでしょうね。


    新品のピカピカのギターにいいモノもありますが、工業製品の枠を抜け切れないです。それでいいところもありますが、私としては好きになれません。


    ギターも「マチェール」が大切ですよ。私の楽器屋に「器」を並べるのは、そんな意図もあるのです。

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    ギター工房9notesホームページへどうぞ

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