2019.05.28 Tuesday

憧れのパリ

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    たまたま選んだ2冊の本の中で、戦前のパリに滞在した日本人に関しての記述が

    共通しているところがあり興味をそそられた。

     

    その2冊とは、金子光春の『ねむれ巴里』と岡潔の『ラテン文化とともに』。

    詩人と数学者がパリに洋行したときに自身の身の回りに起こった事象が記されている。

     

    金子は2回ほどヨーロッパに訪れているが、『ねむれ巴里』の内容は2回目のパリ滞在でのこと。

    記録によると1930年とある。一方 岡がフランスに留学したのは1929年とあるから

    二人はほとんど同じ時期にパリにいたことになる。

     

    両方の本から、その当時パリに遊学・留学していた日本人は相当数いたことがわかる。

    画家を目指したり政治を学ぶための官僚や技術を学ぶ民間人が、パリにいたのだ。

    世界の中心であったパリに向わせたのだろう。

     

    パリは世界中からとんがった人間が集まって、エキセントリックな街になっていた。

    (60年代になるとそれがニューヨークへと移るんだが)

     

    どうも当時のレートは円が強かったようでお金持ちならヨーロッパに行くことも可能だったようだね。

    もちろん一般の民・百姓には夢また夢の世界であったろうが、

    地方の名士や中央のハイソな家庭ではそこそこ蓄財があったことが、

    例えば陶芸の富本憲吉や詩人の高村光太郎や画家の藤田 嗣治の洋行でわかる。

     

    彼らがパリやヨーロッパで学んだエスプリは、太平洋戦争前後の日本の文化に大きな影響を与えただろう。

    興味深かったのは、彼らが白人コンプレックスをあまり感じなかったことだ。

    西洋と肩を並べる国の勢いを日本に感じていたからだろうか。(だから無謀な戦争に突っ走った)

     

     

    現代の中国人がそれと似たような状態かも知れぬ。

    米国大統領におべんちゃらばっかりしている我らの宰相は、コンプレックスの塊かも知れぬが。

     

     

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    2019.05.15 Wednesday

    祈り

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      叔母の葬式の中で気がついた。

       

      叔母は熱心なカトリックのクリスチャンでその葬儀もミサ形式で行われた。

      ミサはカトリックの祭儀で『聖体拝領 』を中心に組み立てられていると思う。

      『聖体拝領(せいたいはいりょう) 』はパンと葡萄酒をキリストの身体としていただく儀式のこと。

       

      信者(洗礼を受けた者)は神父からパンを戴いた後、席に戻って静かに「お祈り」をする。

      「お祈り」は神と対峙し自分を顧みたりする時間であると思うが、その実は霊的な糧を得る時でもある。

       

      「霊的な糧」と書いたが私は神と一体になる試みだと解釈している。

       

       

      小学校の高学年から中学生まで、日曜日になるとカトリック教会に通っていた。

      日曜学校に入っていたのだ。そこでは聖書をこどもにたちに解るように教えていたと思うが、

      私は讃美歌を大声で歌うのが好きで通っていたので、内容はほとんど覚えていない。

      (結局、洗礼を受けなかったので私は信者でない)

       

      日曜学校が終わると大人といっしょにミサに出た。

      なぜだか『聖体拝領 』の後の静寂なときが好きだった。

      「お祈り」するフリをしていた。というより何を「お祈り」していいのか解らなかった。

       

      20代後半にメキシコに旅した。

      そのとき安息を求めて教会に入った。そこにいると異邦人としての緊張が解けたのだ。

      教会で十字架の前にひざまずき「お祈り」をした。

      「神様、お守りください」

       

       

      その後は仏教に興味が湧いた。

      仏教の中では『禅宗』が自分には一番合っていると感じている。

      『禅』では「座禅」がその神髄だろう。そのため「ただひたすら座る」の実践をいつかと念じていた。

      念じていたが、いつまでもなかなか実践できない自分に苛立ったりあきらめたり・・・

       

      そして叔母の葬儀で気がついたのだ。

      「お祈り」も「ただひたすら座る」もその姿勢によっては同質なものに昇華できるのではないかと。

      (”違う”という意見もあることは承知だ)

       

      ヨーロッパの中世、どこかの修道院の神父が「祈り」について徹底的に考え実践した教義があった、と記憶している。

      詳しいことは覚えていないが、古今東西人間にとって「瞑想」の重要性は同じなのだと思う。

       

      「お祈り」の時間を持とう。

      「座禅」したことはないが「お祈り」は子供のころから実践していたのだ。

      叔母からの贈り物として「祈り」を復活する。

       

       

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      2018.12.24 Monday

      Merry Christmas!

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        今日はクリスマスイブ。

        今晩と明日の境に「イエズス・キリスト」がお生まれになった日。

        「イエズス」と書くのは、私はカトリック信者の親を持つためで

        「イエス・キリスト」と書く人はプロテスタントの方です。

         

        旧教(カトリック)から新教(プロテスタント)が分かれましたね。

        ルターのときです。「イエズス会」はつまりカトリックです。

         

        日本にクリスマスは定着し、そこに宗教色は感じないですが、

        れっきとした宗教行事であります。

         

        「宗教」って聞くと胡散臭く感じる人が多いかも知れません。

        これは90年代の「オウム真理教」の事件が尾を引いているからでしょう。

         

        私は子供のころカトリック教会に通っていたので

        日曜ごとにミサに出席していました。ミサって儀式です。

        今晩もそれが行われています。

         

        儀式はどの宗教にもあると思われます。

        神道にもありますし、仏教のどの宗派にもあります。

         

        儀式って「古い形」が残った軌跡のようなものです。

        そこに意味性を求めるのは難しい。

         

        意味を説明できない「式」などを受け入れることはできない、

        とほとんどの人は思うのではないでしょうか。

         

        しかし、宗教ではそれを大真面目にやるのです。

        「宗教」の名の元では、それは許されるのです。

         

        でも、胡散臭さは感じます。特に自分が経験していない儀式は。

        私にもそれがあります。

        でも、胡散臭さをも含んでいるのが宗教なのです。

         

        メリークリスマス!

         

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        2018.10.08 Monday

        9notesと法華経

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          我がギターリペア工房は「9notes」と言うのですが、これが案外読めないらしい。

          (そうですね。よく考えれば・・・)

          「きゅう・ノーツ」とか「ナイン・ノート」とか「きゅう・ノート」とか

          あるいは、まったく読めないので「なんと読むのですか?」と率直に聞かれたりします。

           

          「ナインノーツ」です。

           

          この名称は、音遊びよりつけた言葉で、そのもの自体に意味はないのです。

          (音楽関連でギターの9thコードか何かと勘違いしている人もたまにいる)

           

          「9」は「く」から転んだ文字。

          「note」は日本語で「音」「おと」ですが、「おん」と読んでいます。

          (notesの最後のsは9が複数形だから)

          「く・おん」の音遊びが「9notes」という訳です。

          「くおん」は「久遠」と書きます。

           

          「遥か昔」とか「永遠」の意です。

           

          実は、「くおん」という響きが好きで、いつか女の子が生まれたらそう命名しよう

          と密かに決めていたのですが、そうは行きませんでした。(子供は男ばっかし)

           

           

          法華経の根本原理に「久遠実成」なるものがあります。

          それは「釈迦が菩提樹の下で悟りを得るはるか昔に実は悟っていて、その間 仏として人々を

          教化してきた」というのです。仏陀の永遠性を説いてます。

           

          数ある経典の中で「法華経」 は独特なポジションにあると思います。

          私は詳しいことは解らないのでここで講釈を述べることはできませんが、

          仏教者とは別で「法華経信者」がいるほど、熱心に読まれて来た経典です。

           

          日蓮は「法華経」に帰依したもっとも有名な人物で、日本の名僧の中でも特異な点があるように

          感じます。また宮澤賢治も法華経信者と言えるでしょう。

           

          私は法華経信者でありませんし、日蓮よりも道元が好きです。

          しかし、「9notes」を名乗り「久遠」を「真理」と独自に解することでより

          「法華経」を身近に感じることができるようになっています。

           

          少しずつでも「法華経」を読んでいきたいと思っています。

          願を懸けようかな。

           

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          2017.12.30 Saturday

          伝播と均等と反発

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            興味があったのに知らなかった事実を新たに知ると、想像の枠が拡大する。

            (想像してみる。乏しい知識なので間違いもあるだろう、でも想像するのが好き)

             

             

            中国古典に醍醐味を覚え、知った世界の深遠なことよ。

            四書五経がそうだが、私の好みは『老子』だ。

            『儒教』は好みでない。(なので『儒教』はちょっと脇に置いておく)

             

            その『老子』に『荘子』を足して『道教』という。

            『老子』と『荘子』とが一枚岩だと私は感じないが、

            世界的には『道教』は宗教として認知されている。

             

            さて、日本の『禅仏教』が『道教』の影響を受けていると知った。

            そうなんだ・・

            知らなかったので、さっそく『荘子』の抜粋本を読んでみた。

            よく分からない部分も多いが、日本でも知られる逸話があったりした。

             

            『禅』に中国思想『老荘』が入り込んでいる。

            ということは『曹洞宗』や『臨済宗』もその影響がある、ということ。

             

            道元禅師の言葉も 仏教+道教+日本古来の思想がミックスされている

            と考えてもいいだろう。

             

             

            一方、中国も自身の思想『道教』がインド由来の『仏教』に影響される

            ことにゆれていた時代があったと知った。

             

            自国の思想『儒教』や『道教』が『仏教』の流行・伝播におののく姿を感じる。

            しかし、それを無視することはできず、自国の思想が『仏教』に近づいて行く。

            (民衆には『仏教』が魅力あるものに映ったということ)

             

            (『道教』が『仏教』に影響を受けていく様を神塚淑子氏の著書から知った。

            「道教経典の形成と仏教」名古屋大学出版)

             

            また、その時代の民衆が求めることを取り得れることを、当時の国を治める人々も

            当然考えたであろう。

             

            ひるがえって日本でも同じであった。

            天皇家が『仏教』を推奨したり、少し角度が違うが明治政府が欧州の思想を

            積極的に取り得れたり・・・

             

            それにミックスチュアー「本地垂迹説」とかが、

            中国版『道教』と『仏教』がミックスチュアーされた経典が生まれる背景に

            そっくりだと、先の著書で読んで感じた。

             

            影響されると、自然に交じっいく。

            透明な水に赤色のインクを落とすと全体が均等にピンクに染まっていく。

             

             

            ということは、

            『仏教』の発祥地インドでも同じことが起きていたと考えてもいいのでは?

             

            つまり『仏教』は『ヒンディー教」だけでなく、その周りの国 中近東や欧州の思想の

            影響を受けていた、と考えられるのでは。(そのあたりは不勉強なので推測だが)

             

            でも、当然といえば当然。

            まったくの白紙から思想が生まれることはないよね。

            だって、”言葉”自体が過去の集積であることは間違いないでしょう。

            過去とは、人類の発明と伝播と均等の現れと見ることができるのではないか・・・

             

             

            過去を振り返って考える、では私達のアイデンティティーは何なのか?

             

            日本ではその問題に『国学』を持って取り組んだ歴史がある。

            いわゆる「漢意(からごころ)」を排した「大和心」は何か、という研究である。

            本居宣長や平田 篤胤の名が浮かぶであろう。

             

            中国でも同じような研究がされたとある。となるとインドでも。中東でも。欧州各国でも・・

            と推測できる。

             

            反発が起きるんだね。「我が民族とはなんだ?」「どこから来たのか?」と

            問わずにいられないのが、また人間なんだろう。

            どの国の民も同じ。

             

             

            日本。狩猟採取型の「 縄文人」の後に農耕民族「弥生人」に移っていった歴史研究の間に

            もうひと種族入り込んでいたとの説があることを知った。

             

            縄文人は次ぎの種族に追いやられ北海道からベーリング海峡へ移り、次の種族は弥生人によって

            東北や九州へ移った・・・

             

            大和を中心に弥生人の文化は花開くが、その大和心をもった人々は、

            お米を栽培する技術を身に付け

            中国大陸より移って来たとか、朝鮮半島に由来するとか、

            もっと北のユーラシア由来とか、南の島々より来たとか、

            いろいろあって、まだまだ解明されていない。(説はいろいろある)

             

            「食べる」ために移動して来たんだと思う。

            「食べる」ことは「生きる」ことだから。

             

            人間の種が、アフリカ大陸で生まれ世界中に散って行った。

            食べるために。生きるために。

            そして、各地でおのおの発達し、再び移動し始める。

             

            元がひとつだから、皆同じだと結論つけるつもりはない。

            おのおの民族はおのおの特殊性を持っていると思う。

            それがくっついたり、離れたり、融合したり、変化したりして

            今日がある。

             

            面白いよね。これからもそうだろう。

            そうあって欲しい。

             

             

            いつもながらまとめる力が不足している。

            中途半端なのは認めるしかない。

             

            研究者でない者が憶測で書くこと躊躇いがあるが、

            想像を盾に自説を展開する”小説家”の手法を真似る。

             

            ただし、私は”小説家”より”詩人”が好きなので

            その形式を採った。

             

             

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            2017.08.19 Saturday

            哲学用語

            0

               

              書評で高評価だったので東浩紀の「ゲンロン0/観光客の哲学」を購入して

              寝る前に読んできた。が、三分の一まで来たところで投げ出した。

               

              面白いんだが、眠くなる。寝る前だから当たり前、と言いたいところを

              こう言い換える。面白いのだが、つまらない。だから眠くなる。

               

              若手の知識人として彼はいい働き手だと思う。切り口が斬新で

              未開の荒野を拓く力がある気がする。

              この本では、「観光」を自身の哲学用語として展開して、新しい概念を提供してくれた。

              だけど、なんだろう深みがないと言うか、味がないと言うか・・・

              (私が理解力がないだけなんだが・・・直観かな)

               

               

              先日、NHKの特集で屋久島の未開の屋久杉探索を放映していた。

              有名な「縄文杉」以外に彼の島に”巨木”があるはずだ、と探検チームが

              最新機材を用いデータを駆使しつつ、足でその場に肉薄していく映像だった。

               

              人を寄せつかせない断崖絶壁の地に巨大な屋久杉がそそり立っていた。

              映像からもその迫力が伝わる。

               

               

              「ゲンロン0」があんまり眠いんで、眠気防止に前に読んで面白かった一冊を用意してあった。

              私は一度読んだ本を再読しない方なんだが、眼に留まったのでその本を枕元に持ち込んでいた。

              山尾三省 著「ここで暮らす楽しみ」。

               

              かつて山尾三省にあこがれて、詩人になりたいと思ったもんだ。

              彼は屋久島に住み、その島の「縄文杉」を「聖老人」と呼んだ。

              私もまだ見ぬ2000歳の”老師”に山深く合いに行くことを夢想した。

               

              「ゲンロン0」と平行して「ここで暮らす楽しみ」を読んでいたので、先のNHKの特集番組は

              私の中ではランニングホームランだった。今も屋久島は聖地に違いない。

               

              さて、山尾氏は「ここで暮らす楽しみ」の中で自身の哲学用語を用いていた。

              「縄文衝動」という概念で持論を展開。(ほかに「故郷性存在」とかある)

              やはり哲学を語るにオリジナルの用語が不可欠ということだろう。

              そんな例は枚挙にいとまがない。

              「世界内存在」とか「能動感情」とか「ルサマンチン」とか・・・

              Woo、おらぁー 解らないのよぉ。

               

               

              そんなことより新発見の屋久杉。

              発見されたことは不幸だと思うが、まだまだ地球は広いのだと

              妙に納得した。

               

              下手に哲学書に手を出すより

              老師より”禅の公案”をひとついただく方がいい。

               

              そう思った。

               

               

               

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              2016.08.06 Saturday

              阿修羅

              0

                 

                青年期は『阿修羅の世界』であるという。

                過ち多い時期なのだ。

                 

                だれしも赤子から出発し少年期・青年期を過ごし

                中年・壮年期『大人』となり、そして老年期『年寄り』になるのである。

                 

                失敗はだれにでもある。

                青年期は数多く失敗した方がいいだろう。

                 

                それが糧となり、大人として自覚と責任も全うできるようになる。

                ・・・そうならないといけないのが『大人』なのだ。

                 

                さて『阿修羅』とは仏教の『六道(りくどう)』から来ている言葉だ。

                 

                『六道(りくどう)』とは、(私の理解の範囲だが)何かというと、

                字のごとく六つの道・世界のことだ。

                 

                まず仏教の目標といえば、『解脱』。輪廻から逃れることにある。『涅槃(ニルバーナ)』に至ることが

                目標となる。「悟り」を得て『解脱』するのだ。(ちなみに『仏』とは「解脱した人」のこと。)

                 

                私達、人間は『人間道』にいるという。

                その上の世界は『天界道』で、人間界の下の世界が『修羅道』だ。

                その下にはさらに3つの『道』がある。

                 

                下から順に紹介すると

                『地獄道』

                『餓鬼道』

                『畜生道』

                『修羅道』

                『人間道』

                『天界道』で、それを『六道』と呼ぶ。

                 

                人間は生きる悲しみ・苦しみ・歓びを持っているが、

                阿修羅は欲望と争いの中にいる。

                 

                まさに青年期は「独善に陥り、欲を制御できず、抑えられない怒り」を持つ時期だろう。

                だからこそ、悩み多き時期でもある。だれしも覚えがあろう。

                 

                そして、ここを超え『人間道』で仏になる道がゆるされている。

                 

                 

                近年の人間の心の成長は、遅くなっているんじゃないか?

                寿命が延びて相対的に『修羅道』にいる時期が長くなっている。

                 

                若者による おぞましい事件「テロ・殺人」などは『阿修羅』の仕業と思える。

                一方、歳だけ重ねても『修羅道』にいつづける輩も多い。それも問題だ。

                 

                妖怪人間「ベム」ではないが「早く人間になりたい!」と思わないといけない。

                 

                ところで、宮澤賢治の詩集の題は『春と修羅』だった。

                賢治もまた悩んだ ということなのだ。

                「悩む」ということはむしろ必然で、そこを得て、今度はそこから

                解放された世界を希求することになる。

                 

                 

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                2015.01.26 Monday

                『ニルヴァーナ』と『セカイノオワリ』

                0

                  『ニルヴァーナ』とは仏教用語で『涅槃(ねはん)』の意ですね。 

                  『涅槃』とは、『輪廻(りんね)』から開放された世界に至ったことで、
                  つまり『悟り』を得た境地のことでしょう。

                  その名を冠したのが、カート・コバーンを擁したバンド「ニルヴァーナ」でした。
                  爆裂するようなサウンドと一瞬の静寂。
                  90年代に生まれた『グランジ』はパンクの子供たちでした。

                  それにしても、そのひねくれたバンド名は、仏教者にびっくりだったろうなぁ。

                  仏教者は、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天道)から離れ(つまり輪廻からの解放)ることを目的に修行するものです。それが煩悩の塊のようなサウンドを発する「ニルヴァーナ」が『ニルヴァーナ』とは、これいかに、ってことになりますよね。

                  そもそも仏教に近しいはずの日本人も『輪廻』からの解放が仏教だとは思わないかも?
                  こんど「死んだら何々に生まれ変わりたい」なんて、本来はありえませんからね。それじゃあ、煩悩の世界を肯定することになってしまいますから。

                  もっとも「仏教」は「ヒンズー教」の世界観とも一部重なって成立しているから、インド人でない我々には『輪廻』の世界観がしっくりこないのも仕方ないことかも知れません。

                  そして「セカイノオワリ」。
                  動詞で終わる名詞とは、おかしなバンド名ですが、こういうのは今時の流行ですね。

                  「世界の終わり」ってキリスト教やユダヤ教やイスラム教の『最後の審判』を連想してしまうのは私だけ?
                  彼らは、そんな気持ちを持っていないかも知れませんが、『終末論』の響きを感じてしまいます。

                  仏教にも『末法』っていうのがありましたよね。「正しい行いが廃れた世の中」のことだと思いますが、
                  それで終わりでなく、また仏の光が射す希望みたいなものは感じられます。

                  *

                  「解放」はいいですが「終わり」は嫌いです。



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                  2014.11.09 Sunday

                  『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎×大澤真幸 を読んで

                  0

                    『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎×大澤真幸 を読んで


                    ジュンク堂人文フロアの2011年のベストセラーだそうで読んでみました。

                    新書大賞ももらっているそうですが、頷けます。それくらいの内容でした。
                    840円は安過ぎます。もっともらっていいですよ。でも有り難いです。お父さんには・・・人文ファンの財布は寂しいのです・・・ありがたや新書さん。

                    ところで、この本で論じられているすべてを正確に把握する力は私にはないですが、私のアンテナに同調した部分を記して行きたいと思います。

                    (この本には批判も大変あるようですが、宗教という扱いの難しいジャンルゆえでしょう。歴史的事実誤認や解釈の違いはさておき、私はこの時代で起きている出来事・キリスト教VSイスラム教の構造から読み解きできたのが新しい発見でした)


                    さて、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教が同じ系列だったとは、知りませんでした。

                    「一神教」つながりですが、キリスト教はユダヤ教をベースとしているとのこと。同じ「神」を信じているとは考えたこともありませんでした。

                    またユダヤ教とイスラム教には「予言者」がいても「神の子」はいない、とのこと。
                    キリスト教の特徴が神の子「キリスト」である訳です。

                    キリスト教の「三位一体」説は、コンクラーベで決まった「説」であるとも知りませんでした。

                    ところで、違いや内容を知ることのほかに、ここで学んだのはキリスト教が現代社会に与えている影響の大きさです。

                    「科学」もキリスト教から導き出されているとのこと。これはキリスト教が唯一絶対の神を持つからだとは、逆説的です。
                    私が理解する範囲では、神は絶対ゆえ人知の及ばない領域にある。それゆえ神以外、例えば神が創った「自然」は神でないので、人間の理性で「すべて理解できる領域にある」から解明可能である。それが「科学」に繋がるという理屈です。(たぶん)

                    この辺りが自然を神と感じる日本人との違いがあるように思います。自然をコントロールするとか思うように活用してもいい、という発想は私には違和感があるのですが、「一神教」は「科学」と「宗教」を同化できるのです。

                    また「予定説」なるものを使うと「資本主義」にも繋がるというのです。「予定説」を解説する力はありませんが、神の恩寵=勤勉となって資本主義に帰結して行くようです。

                    そのほか「民主主義」や「マルクス主義」までもキリスト教の考えが導いた結果とは驚き以外ありませんでした。


                    ヨーロッパとアメリカ連合のキリスト教的文明が「グローバルスタンダード」と名を変えて世界を席巻しつつある昨今、それに抗おうとする「イスラム」原理主義者達が現れる。しかしその二つは「中国」や「インド」的な文明よりもお互い近いものだったことを知って、これは何を意味するのか?と 考えてしまいます。

                    ある意味「ユダヤ教」も「キリスト教」も内包する「イスラム教」は、出番をくじかれ焦っているのかも知れませんね。

                    大きな問題であるので、すぐに答えは出ませんが、「イスラム国」なる過激派が勢力を伸ばしつつあるのを、キリスト教サイドから捉えるのでなく「多神教」的文明が答えを実践して見せて行くことが大事であるような気がしています。


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                    2014.10.02 Thursday

                    カルチャラル・スタディーズ

                    0
                      目を離してる隙に、世の中どんどん変わって行く。
                      そんなことはよくあることですが、この言葉に出合って「なんのこちゃ」と思いました。

                      『カルチュラル・スタディーズ』
                      あるいは『カルタス』『CS』と略すこの言葉。 「なんや?」

                      人文系の言葉なので、本屋で「人文」を扱っていた者として放っておけません。

                      そもそも「人文」とは何でしょう。書店員の田口久美子さんが書かれた「書店不屈宣言」から引用すると
                      {「人」を「文章化する」すなわち「人を言葉にする学問」 }とあります。

                      さてその人文書のトレンドが『カルタス』だそです。
                      先の田口氏は「社会学のカウンターカルチャーだろう」と推測していましたが、
                      正確には「ヨーロッパ大陸系哲学+イギリスニューレフト」であるとのこと。

                      ますます解りません。比較文化論だとか地域研究とかカウンターカルチャーだとか書かれたコラムもありますが、
                      それでも手に負えません。降参。

                      昔「文化人類学」という言葉が好きで、何にでも「文化人類学的に言うと・・・」と話枕にしていたことがありましたが、今は「カルタスではね・・・」という鼻持ちならない昔の私のようなヤツが使う言葉かもしれないですね。

                      まぁ、そんなことはないでしょうが、世の中 横文字のお化けが多く私はついていけません。

                      人間の本質を知の領域から見極めて、この世界の平和に役立てて欲しいと願います。

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